2025-11-1 思ったこと・気になったこと

思ったこと・気になったこと

愛嬌力

愛嬌のある人は、男女を問わず万人に好かれる。さて、「愛嬌力」とは何だろうか。

結論から言えば、愛嬌とは「相手に『自分を支配したい』と思わせる力」であると考えている。

ここで注意すべきは、「支配できると思われる」ことが必ずしも愛嬌ではないという点だ。 繰り返しになるが、「支配したいと思わせる」こと、そのものが愛嬌なのである。

「支配したい」と思われるように仕向けること自体、実は相手を支配していることになり、これは非常に逆説的である。

 

ジョーカー

他人にジョーカーを引かせたいと願う人間がいる。

例えば、自身は中退していないにも関わらず若者に「中退しろ」と唆したり、起業家でもないのに「起業しろ」と煽ったり、さして遊んでこなかったのに「若いうちは遊びまくれ」と説いたりする類だ。

彼らの心理の根底には、「世の中は誰かが必ず損をする世界であり、損をする人が増えれば増えるほど、相対的に自分が勝つ可能性が高まる」という思想がある。

そのため、他人にジョーカーを引かせようとしているのだと思う。

人間と非人間の大きな差は「皮膚」説

私はロボット会社を経営しており、多くのエンジニアや有識者と対話する機会がある。

そこでよく「ロボットとの恋愛」が話題になる。

知能において脳の差別化はもはや意味をなさず、むしろAIの方が賢い場合が大半である。

しかし、人間と非人間の唯一の違いは顔でも愛嬌でもなく、「皮膚感覚」にあるのではないかという説を提唱したい。

人間は皮膚を持つ存在を愛し、逆に言えば皮膚を持たぬ存在を愛することはできない。

相手の皮膚に触れたその時こそ、人間は相手を「人間だ」と認識するのではないだろうか。

日本経済の未来

みずほ銀行が発表した「日本産業の中期見通し」というレポートを、Geminiと共に読んでみた。

既知の内容も多いが、簡単にまとめておく。

特に「労働力不足」と「経済のブロック化」が大きな制約条件となっているようだ。

課題として供給力不足の懸念があり、発電事業者のみならず、需要家(企業)や金融投資家と共同で電源開発を行うスキームが必要となる。

また、医療費抑制と病床不足への対応として、入院から「在宅ケア」へのシフトが進むだろう。

これを支える遠隔診療やモニタリング機器などのデジタルソリューションは、成長市場である。

サプライチェーンの再構築においては、人手不足を前提とした省人化・自動化、および人材確保が求められているらしい。

2025-11-29|お金の気持ちになってみる

目に止まった記事と未来予測

お金の単位と所在 お金がいったいどこに集まっているのか調べてみた。

【日本】

  • 家計の金融資産(現金・株・保険等):約2200兆円
  • タンス預金:約50兆円
  • GDP:約600兆円
  • 国家予算(一般会計):約112兆円
  • 上場企業の時価総額合計:約1000兆円

【世界】

  • マネーサプライ(現金+預金):約2京円
  • GDP:約1.5京円
  • 株式市場の時価総額:約1.7〜2京円(米国が約半分)

世界にあるお金(マネーサプライ)と、株式市場の時価総額がほぼ同じ規模なのは、偶然とはいえ不思議だ。おそらく、そこには「ゆるい必然」程度の相関性があるのだろう。

お金を「流体」として捉えてみる。お金は大きなトンネルのような場所を循環しており、トンネルに隣接する「貯水池」のような場所に溜まったり、進路に従って流れたりする。 水が氷(固体)、水(液体)、水蒸気(気体)と姿を変えるように、お金もまた、株式、現金、不動産などへと形を変えて存在しているのだ。

なぜ円安・物価高なのか? 今後も物価上昇や円安は続くのか。現状の整理。

前提として、お金の供給量が増えればインフレになる。仮に国民全体で1000京円持っているところに、いきなり100京円増えれば、モノの価値に対してお金の価値が下がり、物価は上がる。円の価値が下がれば、資産防衛のために円をドルに変える動きが出て、さらに円安が進む。

また、日本では税収だけで歳出を賄えないため、国債を発行する。一般に、国債の供給過多は金利上昇を招く(価格が下がり利回りが上がる)。金利が上がれば、不動産や事業への融資が引き締まる懸念がある。 つまり、以下のスパイラルが意識されている。

  • 金利の上昇圧力
  • 財政拡大による円安
  • 輸入物価上昇によるインフレ

日本のインフレ率はCPI(消費者物価指数)で語られるが、公表値(約3%程度)以上に体感物価は高い。これは政府の補助金で電気ガス代などが抑えられていることや、CPIの構成比が大きい「家賃」が上がりにくいためだ。また、変動の激しい「生鮮食品」を除くコアCPIで見ている点も影響している。しかし、食料品の実質的な値上げ幅は大きく、家計へのインパクトは強い。

個人的には、日本においてインフレ自体は良いことだと考えている。「明日も値段が変わらない」というデフレマインドから脱却し、「明日は今日より高くなる」前提でお金を使うようになれば、経済は循環し成長するからだ。

「Made in Japan」化の需要

経済安全保障の観点から、政府調達品における国産回帰が進んでいる。議員会館のロボットが中国製だったことが問題視されたのも記憶に新しい。 国際的な分断が進む中、これまで中国で作っていたものを日本で作る(Made in Japanにする)ための支援ビジネスには勝機がある。例えば、工場の国内回帰支援や、JIS規格などの認証取得仲介などは、今後儲かる領域になるだろう。

政治:自民党陣営の過半数確保

衆議院において「自民党日本維新の会+無所属の一部」で過半数を超えたため、実質的に自民党主導の意思決定が可能になる構図が見えてきた。

2025-11-29|100億円を超えるための条件

目に止まった記事について

時価総額100億円を超えるための条件

UZABASE社の平川氏による東証グロース市場において時価総額100億円を突破した企業の傾向」に関する記事についての考察である。

東証は2030年以降、上場後5年で時価総額100億円を超えることを上場維持基準とする方針だ。これにより、多くの既存上場企業が上場廃止となることが予想される。なお、時価総額100億円以下の企業数は、上場企業全体の約10%にあたるおよそ400社である。

実際、今年度(2025年)の新規上場社数は前年比約8割にとどまっており、証券会社による上場審査も厳格化しているとのことだ。

本レポートでは、1999年以降に時価総額100億円以下で上場した全企業」を調査し、上場5年後に100億円を突破するための重要な変数を分析している。

結論として、上場後に「売上・利益目標を達成しているか」が重要な指標であることが判明した。目標未達の企業は投資家の信頼を損なうためか、目標達成企業との時価総額の差は上場2年後から大きく開く傾向にある。目標達成率は、最初の2年未満ではさほど影響しないものの、上場2年後から明確な差となって表れる企業として事業計画を策定し、それを誠実に達成し続ける姿勢がいかに重要であるかが示されている。

なお、時価総額100億円以下で上場した会社のうち、31%しか5年後に時価総額100億円を超えた会社がない。多くの企業がIPO後に十分な企業価値の拡大につなげられていない現状が浮き彫りとなった。

私自身、将来的な上場を目標としており、未来を予測し、それを確実に達成し続ける経営を目指したいと強く感じた。

また、本レポートは時価総額100億円突破の条件に関するものだが、同様のアプローチで100億円から1000億円、あるいは5000億円への成長条件も分析可能であると考える。この視点を今後の分析に活かしていきたい。

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2025-1-30

卒論が無事提出できて、発表会までの時間が少しあることから本を読んで考察を書く。

友達には小学生みたいな自慢をするなと言われたのだが、私は今まで徹夜をしたことがなく、今回初めて徹夜ができたということに嬉しみを感じている。

 

生命の原理原則と行動
    本書で強調されていた考えは、「すべての現象は生命の原理原則に基づいて説明できる」というものである。ここでいう「生命の原理原則」とは、「人間は個体として生き残り、種が繁栄するために行動する」という基本法則である。

     人間はまず自身の生存を最優先し、その次に種の繁栄のために行動する。この順序は本能的に備わっているものだ。私の考えとして、子供と大人の違いは単なる年齢の問題ではない。昨日まで子供だったが、今日から大人になった、という単純な境界ではなく、子供とは「個体として生き残る能力がない、あるいは生き残ろうとしない状態」と定義できる。

     生命は本来、エネルギーの消費を最小限に抑えようとする傾向がある。誰もができるだけ楽をしたいと思うのは自然なことだ。しかし、人間の行動には必ずしもエネルギー消費を抑えるものばかりではない。たとえば、ネガティブな感情や不安、怒りといった感情はエネルギーを大量に消費するにもかかわらず、人間はそれらを避けずに抱き続けることがある。

     このような「生命の原理から見ると非合理的な行動」を無意識に取っていることを認識し、適切に対処することが重要である。例えば「寂しさ」は、かつて人類が集団生活をすることで生存率を高めたために、生物的に組み込まれた感情である。しかし、現代社会では集団行動をしなくても生き残ることが可能になった。だからこそ、「寂しさ」は生物の進化過程で生じたものであり、今の時代には必ずしも適用されるわけではないと理解し、必要以上に囚われないようにすることが大切である。

     このような「無意識のうちに生命原理と矛盾する行動をとる傾向」は他にも多く存在する。その仕組みを理解し、適切に折り合いをつけることで、より合理的な選択ができるようになる。

未来差分と思考の視野
     本書から学んだ重要な点の一つに、「優れた経営者は未来差分を意識する」ということがある。

     「未来差分」とは、理想の自分と現在の自分との間にある“差”を、理想に到達するまでの期間で割ったものを指す。言い換えれば、理想の姿と現在の状況を具体的に比較し、どのような行動を積み重ねれば到達できるのかを数値化する考え方である。

     「先見の明がある人」は、この未来差分を明確に描き、今やるべきことを具体化し、行動に移すことができる。一方、「意識高い系」と呼ばれる人々は、未来差分を計算する能力はあるが、実際の行動には移さない人を指す。つまり、未来との差分と到達可能な時間を明確に把握できていても、それを埋めるための行動を起こさないのである。

     逆に、目標を持たず、ただ与えられた仕事を淡々とこなす人もいる。彼らは行動はしているが、「情熱」が欠如している。ここでいう「情熱」とは、未来差分を理解し、それを埋めるための行動を明確に定め、その初動を起こす力である。つまり、「情熱のある人」とは、未来差分に基づいて動き出すことができる人のことを指す。

時間の流れを意識する
     人によって時間の感じ方は異なる。気づいたら年をとっていたという人もいれば、魂を燃やしながら生きる人もいる。

     たとえば、60歳の男性と話すと、「何をしてきたのかが分からない」「能力もそれほど高くない」人に出会うことがある。彼らは、時間軸を意識せずに流されて生きてきたのだろうと推測できる。

     私は、年齢だけが彼らより若いだけで、その他の面ではすべて優っていると考える。彼らには「時間軸」の概念がない。人間には、生命的変化、行動的変化、自然変化、社会変化という異なる時間軸がある。この時間の流れを意識し、それに沿って行動することが、充実した人生を送るために重要だと考える。

快楽と幸福は異なる
     快楽と幸福は似ているようで、実際にはまったく異なる概念である。

     快楽は一時的で身体的なものであり、幸福は長期的で精神的なものだ。この二つは表面的には似ているが、一方を追求するともう一方が遠ざかる傾向がある。

     たとえば、「たまにの快楽」は良いものだが、快楽を求め続けると幸福から遠ざかることになる。このことを認識し、無闇に快楽を追い求めることは、自ら幸福を手放す行為であると理解する必要がある。

     また、快楽を重視しすぎると、倫理や社会規範を逸脱することにもつながる。例えば、日本では飲酒運転が重罪であるが、これを行ってしまう人は「一時的な快楽」を優先し、社会の規範を無視してしまう未熟な人間であると言える。

     このように、快楽と幸福の違いを理解し、短期的な欲求ではなく、長期的な充実感を優先することが、真に豊かな人生につながるのではないだろうか。

 

2025-1-23 快楽と幸福は真逆。

本を毎日読んでいる中で、思ったことを書いていく。

快楽と幸福は真逆
   快楽とは「一時的で生物的なドーパミンの放出」を指す。前回のブログにも書いたように、「快楽」は生命的な変化の一つといえる。
   例)承認欲求の充足、暴飲暴食など

   一方、幸福とは「過去、現在、未来を通じて形成される長期的な心理的満足感」を意味する。これも前回のブログで触れたが、幸福は個人の行動変化によって作られるものだ。

   私は、快楽と幸福は対極にあると考えている。一時的な快楽を追い求める人々の姿勢は、私には非常に低次元かつ生物的に見える。たとえば、私の周りには起業家が多いが、中にはSNSで頻繁に投稿し、社会的承認を得ることに執着する人もいる。そのような行動は、長期的な幸福――例えば、世界にインパクトを与える事業――を目指すこととは相反し、本来の目的から逸脱してしまう場合が多いように感じる。

   しかし、人間はこの本能的かつ生命的な快楽への欲求(いわゆる煩悩)に抗うことができる生き物だと思う。だからこそ、私は引き続き幸福を目指して努力していきたい。また、快楽と幸福が両立できる場合もあると考えているので、快楽を求めること自体を悲観する必要はないと思う。

   最たる例は運動だ。ランニング中は辛くても、それを快楽と感じる人も多いはずだ。ただし、多くの場合、快楽と幸福は両立しにくい関係にあることを意識しておくことが重要だと思う。

 

2025-1-20 人間は近い将来滅亡する

僕、人類は近いうちに滅亡すると思っているんですよね。その滅亡をできるだけ先延ばしにして、人類に貢献したいなって思ってるんです。

 

宇宙の広大さと生命の可能性
宇宙ってめちゃくちゃ広いんですよね。例えば、僕たちがいる地球や火星が属している太陽系。それが集まって「銀河系」というものを作っています。この銀河系には、なんと約2000億個の星があると言われているんです。2000億個ってちょっと想像しにくいですが、これを砂粒に例えると、銀河系全体が巨大な砂漠みたいなものだとイメージすると、なんとなくスケール感が伝わるかもしれません。

でも、ここで終わりじゃないんです。宇宙全体を見てみると、銀河系みたいな「銀河」が約2兆個あるとされています。つまり、宇宙全体は「2兆個の砂漠」って感じですね。ここまで広大だと、「地球だけが生命を持つ星」っていうのは、ちょっと考えにくいですよね。むしろ、生命が存在する惑星が他にもあるほうが自然なんじゃないかな、と思ったりします。

宇宙の時間スケール
宇宙って広いだけじゃなくて、時間のスケールもめちゃくちゃでかいです。例えば、宇宙が誕生したのは約138億年前だと言われています。地球が生まれたのはその後で、だいたい45億年前のこと。こう考えると、地球って宇宙の中ではわりと「最近」生まれたほうなのかもしれません。

さらに面白いのが、私たち人類が本格的に発展し始めたのって、産業革命以降のほんの200年くらい前のことなんですよね。もし地球の歴史全体を1冊の本に例えると、僕らが作り出したコンピューターやIT技術なんて、本の最後の「1文字」くらいのものです。人間の文明の歴史って、宇宙全体から見たらほんの一瞬の出来事なんだなあと、改めて思います。

未来の可能性と滅亡のシナリオ
こうした時間の流れの中で、地球の文明が今後どうなるのか、いろいろ考えちゃいますよね。このまま技術が進んでいけば、例えば1000年後くらいには人類が他の惑星に行って、新しい星で暮らすとか、もしかしたら「侵略」なんていうシナリオになっていてもおかしくないです。そして、同じことが宇宙のどこかにいるであろう生命体にも言えます。

でも、ここで一つ不思議なことがあります。「宇宙にたくさんの生命体がいるはずなのに、なぜ地球に遊びに来ないの?」という疑問です。その答えとして私が結論づけているのが、彼らの技術がまだ未発達なんじゃなくて、「もう滅亡してしまった」からではないかという説です。そして、それは地球にも当てはまる話かもしれません。僕らの文明もいつか滅びてしまう可能性があるんですよね。


こうして考えると、宇宙には本当にたくさんの生命の可能性が広がっている一方で、滅びていった星もきっと無数にあるんだろうなと思います。そして、地球もその例外ではないのかもしれません。この広大な宇宙の中で、僕たち人類がどのように進化し、どうやって生き延びていくのか―それがこれからの課題なんじゃないかな、と思います。

 

何か人類に貢献したいですね。

 

 

2025-1-19 1. 生命と哲学

時間とは何か。

時間とは何かを考えているが、結論が出たので書く。

時間とは、「複数の変化を比較したときに存在する」と考える。

ソクラテスは時間と距離が密接に関係あると言っていたが、これについて考察する。

 

仮に真っ暗な地下室に放置されて外に脱出ができない場合を仮定する。外界の社会の変化や太陽が昇ったのかなどの情報が一切遮断される。すると、そこに「時間」は存在するのか?私は存在しないと考えている。

時間というのは、何かの時間軸と別の何かの時間軸と比較したときに初めて存在するものだと思う。この概念を使うと時間の速度について説明ができる。

 

例えば現代だと多くの人が「忙しい」「時間がない」という。しかし、平均寿命も伸びているし、AIの進化や技術の進化で効率化が進んでいるはずなのに何かがおかしい。

これは、「自分の生活や行動の時間軸」が「社会の出来事の時間軸」と比べると相対的に遅くなっているため、「社会だけ進んでいるのに自分は置いて行かれている」と判断してしまうためである。このように、複数の時間軸を比較すると「時間」という概念が生まれる。ちょうど2点の「距離」のようだ。

 

ここで少し難しいが、私なりにChatGPT o1と議論して、「時間」という式について考えてみたので共有する。

 

そもそも時間軸には大きく分けると下記が存在する。

  • 自然変化(地球の公転や原子の移動など)
  • 社会変化・環境変化(自分の周りの人や社会の変化)
  • 個人変化(個人の行動や生活)
  • 生命変化(肌や心臓、体の変化)

いくつかケースを考えてみる。

横になりながらスマホを使うとあっという間に時間が経ってしまうケース

自然変化をN、社会変化をS、個人変化をA、生命変化をLとする。

スマホを使って1時間横になりながらぐだぐだしている場合とそうではない場合を考えると、同じ1時間でも、個人の変化が非常に小さい。

 

グダグダしないで1時間を過ごす場合:

N:Aが10:10くらいの割合だった。

 

グダグダして1時間を過ごす場合:

N:Aが10:1くらいの割合になった。ぐだぐだしても、個人変化(行動変化)が少ないので、N:Aの差が大きくなる。

 

逆に、とても楽しいことをやる場合を考える。これは同じ1時間でも個人の変化と比べて(行動変化)が大きくなり、今度は逆転する。

 

楽しいことで1時間を過ごす場合:

N:Aが10:100くらいの割合になる。つまり、この差が顕著であれば顕著であるほど時間が短く感じる。

 

またこの変化の割合だけではなくて、現在に集中している割合と将来を考えている割合でも関係がある。

例えばつまらないバイトや痛いことをすると、「今」に意識があるが、楽しいことをする時や時間が一瞬で過ぎる時は「未来」を考えていることが多い。例えば会社を起業すると、時間があっという間に過ぎる。これは「今」よりも「未来」に意識があり、尚且つ個人変化(行動変化)の割合が社会変化(環境変化)の割合に比べて相対的に大きくなるからである。

 

上記を念頭におくと、下記の式を作ることができた。

c:現在思考
f:未来思考
B: つまらないど・痛み度
E: 楽しさ・興奮度